良司さんを使い魔にした翌朝、俺はとても清々しい気分で目が覚めた。 良司さんは床に敷いた布団に寝かせて……あれ、いない。「まさか夢だったのか?」 いや、しかし布団は綺麗に畳まれている。きっと几帳面であろう良司さんがやったのだ。「無理心中されそうになったことなら現実ですよ」『お尻に手を出されなくて大人の階段を登れなかったことも現実だよ』 部屋に入ってきたシラーとベリーが、お握りを食べながら言う。 寝起きだから二人の冗談に突っ込めなかった。ていうか朝だと思ったらもう昼過ぎ。よっぽど疲れていたんだな。「……ん? なんか騒がしくないか?」 ドアの隙間をこじ開けるように、はしゃぐ子供の声が入ってくる。「そりゃそうですよ。黃壱(きいち)と靑弐(あおふた)と赤肆(あかし)と黑伍(くろいつ)が帰ってきてるんですから」『昨日紫と勝蔵がいなかったのは四人一家を迎えに行ってたからみたいだよ』 なん……だと?『そんな顔してどうしたの? お正月なんだから当然でしょ?』 おむすびを飲み込んだベリーが悪戯声でドアを開けていく。「待ちなさい! 逃げるなんて許しませんよ!」 くっ、すすきの箒を引っ付かんで逃走を図った俺を遮ってシラーが邪魔しやがる。 いかん……このままでは奴らが来てしまう。「なんかみどりの部屋から音が聞こえたぞ!」「あ! ドアが開いてるよ!」「いけいけ~!」 まずいまずいまずい!! ズドドドドドっという音が迫ってくる。小悪魔たちの跫音――「あ、逃がすか!」 シラーを掴み、ベッドに投げ捨て窓から飛び立とうとした瞬間、背後に飛び付かれた。「みんな早く!」 一人ならなんとかなりそうだったのに、次から次へと小悪魔たち、もとい甥っ子と姪っ子が飛びかかってくる。いくら子供とはいえ七人は無理だ……。「子供に好かれるなんていいことです。きっと白緑はイイ人なんでしょうね」『うんうん。じゃ、あとはイイ人に任せて僕らはお出かけしよ~』 あ、あいつら、俺を生け贄にしやがった。「あら何言ってるのよ」「シラーとベリーもまだやるべきことがあるだろ?」「ん!」「ん!!」「ん!!!」 小悪魔たちからやや遅れてやってきた大きな小悪魔五匹。「ペン?」『てへ?』 うおっ気色悪。 二人の可愛い子ぶった表情と仕草に鳥肌が立つ。だいたいペンてなんだ
土下座のかいあってか、良司さんは快くお金を貸してくれた。しかも「僕のものはもう全部白緑君のものなんだから返さなくていいよ」とまで。 が、それは駄目だ。借金をしておいてなんだが、この歳になればお金関係で友情や愛情、主従関係が崩壊していく様を何度も見ている。 使い魔との良好な関係は立派な一人前の魔女の条件でもあると俺は考えている。 とりあえず三万七千円をありがたく拝借して、小悪魔たちに千円ずつあげた。 手が震えてなかなか離せなかったけど、小学生組は大喜びしてくれたから良しとしよう。中学より上の連中は予想通りの態度だが、これも良しとしておくのが大人だ。 そして姉兄たちに軽く挨拶してから母の待つ、彼女の部屋……もとい魔女の部屋へ向かう。 奥座敷の地下にあるのだが、怪しげな掛け軸の裏や、隠し通路がありそうな床脇は無視。いったん振り返り欄間めがけてジャンプ―― するとあら不思議。あっという間に地下室の階段にたどり着きましたっと。「に、忍者屋敷って本当にあるんですね。ワクワクしてきました」 ついてきた良司さんが少し興奮している。 そうか。これ一般家庭にはない設備なのか。子供の頃から慣れ親しんだ俺には当たり前だった。あっちの世界ではもっと色んな仕掛けがあるし……。「忍者屋敷っていうよりは魔女の館って方がしっくりきますけどね」 階段を降りて、ちょっとした巨大迷路を抜け、罠を解除して合言葉を囁き、現れた行き止まりの壁に家族の紋章をかざしてようやく母の部屋の前に辿り着く。「か、かなり厳重なんですね」 「法に触れる物やヤバいモノがわんさか保管してあるんでそれなりには……内緒ですよ?」 俺の言葉にごくりと喉を鳴らした良司さんだが、物凄く楽しそうだ。「母さん、入るよ」 ここで返事を待たずに入るのは厳禁。もしも、怪しげな召喚や薬の調合なんかしてたらえらい目にあう。「遅かったな。ほれ、紫が準備万端で待っとるぞ」 母ではなく父が出迎えてくれる。しかし、準備万端とはいったい……。 禍々しい素材置き場を通りすぎ、目をキラキラさせて首を動かす良司さんの手を引き、調合室もすぎて休憩室に行くと、微笑む母が椅子に座っていた。いつものようにかすかに流れているハープかなにかで奏でられる音楽がとても心地よい。「白緑ちゃんも、良司ちゃんも座って。大事な話があるの」 椅子が
さ、寒い。 昼とはいえ真冬の野外。寂れたJRRの駅前は雪こそ降っていないけれど、凍てつく冬の風が駆け抜けていく。そういえば今年の正月は何十年かに一度の大寒波だとニュースで言っていた。 パジャマ姿の俺は既にヤバい眠気に襲われつつある。もちろん母に放り出された心理的な影響もあるだろう。現実逃避には睡眠が一番だから。しかしこうなると、いつも状況に合わせていい感じの服になってくれるベリーのありがたみがこれでもかと身に沁みる。 あれ、言ってしまえばハグだもん……。「凄い! 瞬間移動だ! 紫さんの魔法だよね!?」 良司さんは俺そっちのけではしゃいでいる。悪いがそんな珍しくもなんともないことはどうでもいい。とにかく寒い。一先ず良司さんは放置だ。 えっと、一緒に放り出されたスーツケースの中に何か防寒できるものがないかな。「うおっ!?」 スーツケースの中から音がする。ドンッ、ドンッと、まるで外に出せと言わんばかりの迫力……ええい、少し怖いが構うものか。 今にも寒さと悲しみにKO負けしそうな俺はスーツケースを開け放った。 と、同時に飛び出してきたのは――「くそが!! あんのジジイめ、なんてことしやがる!!」 『うぅぅ、僕の体がちょっぴり燃えちゃったよぉ』 怒れるシラーとベリーだった。おお、神よ。これでこの凍てつく寒さともお別れできます。「あああああベリー! 会いたかった! 今すぐ暖かい服になってくれ! このままじゃ――」 『やだ!! 白緑のせいでこうなったんだからね!! 見てよここ、勝蔵の息でこんなことになっちゃったんだよ!』 半泣きでポカポカ殴りかかってくるだけでベリーは暖かい服になってくれない。せめてローブのままでいいから羽織らせて欲しいが無理そうだ。「じゃ、じゃあシラー! 大きくなって俺を腹の下に入れてくれ!」 「断る!! 私の腹の皮は卵や雛の為にあるんです! 白緑みたいな加齢臭漂うオッサンの為にあるわけじゃない!!」 か、加齢臭!!? 「お、俺が加齢臭なんてありえないだろ! 種族的特徴でいつでもふんわり香る良い匂いなんだ! 柔軟剤要らずで経済的だって褒められるのに! 撤回しろ!」 「加齢臭は自分じゃ気付かないっていいますもんね!」 そ、そんな馬鹿な……掴みかかったシラーの反論に心が折れそうになる。「み、白緑君は加齢臭なんてしないよ
純朴そうな若者から腕を離して美女が駆け寄ってくる。相変わらずたわわな胸が奔放なことだ。 「白緑が男連れなんてどう風の吹き回しかしら。それにその荷物。あ、もしかして――」 きっとこいつ、これから失礼なことを言うわね。「処女卒業おめでとう!」 そう叫んでガシッと私の両手を掴んだこの変態痴女……げふんげふん、露出多めな服を着た爆乳女は魔女大の同期。「ちょっと止めてよ。良司さんとはそんなんじゃないわ」 疎らとはいえ人目もあるのに。大きな声で恥ずかしいことを言わないで欲しい。「白緑く――さんのお友達?」 「え、ええ。この子は夜鶯胤乱子(やおういんらんこ)っていうの。魔女大の同期なのよ」 私の顔を見てきた良司さんに囁く。「あら? あららら? 白緑はこの人に魔女だって伝えてるの? じゃあやっぱりそういう仲なんじゃない」 これまであまりにも男っ気の無かった私だ。乱子の目が興味で輝いている。良司さんが挨拶をしようとしたのを遮ってグイグイくる。「ああもう! 本当は同期会で自慢するつもりだったのに……あのね乱子、良司さんは私の使い魔なの。それも月光の妖力に適性があるとっても凄い珍しいタイプのね」 予定とは違ったけれど、使い魔自慢ができて少し嬉しい。「ええ!? それはもう処女卒業どころじゃなわ! 予定変更、緊急招集――はダメね。やることあるのよ」 思い出したように放ったらかしていた純朴男子を見た乱子が、ごめんねと微笑んだ。 どうしていいか分からず、ドギマギしていた純朴男子は乱子に手招きされて、安心したように含羞んでから、小走りで寄ってきた。「あっ」 私の口から小さな驚きが溢れた。「は、はじめまして。俺、杉村っていいます」 少ししゃがれたような声で色黒。スポーツ刈りを放置してそのまま伸びたであろう短髪にやや幼さが垣間見える輪郭。さらに誠実さの中に燻る初々しい性欲も感じ取れる整った容姿は、乱子の拗れた癖にぶっ刺さる見た目だ。おまけに名前も杉村ときた。 二十六年前に乱子を乱子たらしめることとなった事件の原因と瓜二つ。 彼の存在を知ってから、いつもカントリーロードを口ずさみ不可能とされる二次元から錬成するホムンクルスの研究に没頭していった乱子だけど、遂に成功したのだろうか。「やだ、違うわよ白緑。杉村は正真正銘の人間よ」 ああそれは可哀想に。墓場鳥の
とりあえず良司さんには、この異様な城が真っ白な壁の庭と暖炉つき一戸建てに見えるらしい。 結婚を夢見る乙女か。 長年見習い魔女をやっている私でも、ここまでのTHE・いわくつき魔法物件、そうそうお目にかかったことはないんですけど。 私たちは真南の路地から真っ直ぐここへ来た。南西に小学校、北に高校、南東に中学校が建っていて、円形の道が城を囲んでいる。そして北西と北東方向にも直線の道が伸びている。 詳しいことは分からないけれど、何かしらの何かが施されているのは明らかだ。しかもさっきからキルジャッキルジャッって聞こえる。なにこれ、恐すぎる。こんなことなら乱子について来てもらえばよかった。「……ちなみにいくらだったんですか?」「え~っと八千万くらいだったかな。一括で払ったからもうちょっと安くしてくれたと思うけど」 はっせ――「白緑! 気をしっかり! は、八千万なんて……八千万なんて……ぐっ!?」『シラーも落ち着くんだ! 深呼吸してあっちの実家を思い出して! 八千万がなんだっていうんだよ! 父親のパンツ一枚より安いじゃないか!』 ああ、シラーとベリーの声が遠くでこだましている。 ぼんやり呻き声のする方をみれば、シラーが心臓を押さえて地面に転がっているし、パンツより安いとか言うベリーはショックで頭がおかしくなっちゃったみたいね。「……さん? 白緑さん?」 はっ! 八千万円の一括払いとかいうえげつない財力の前に、何処かへ行きかけていた。ただ不安を紛らわせようと聞いただけなのに、余計な負荷で心臓が押し潰されそうになってしまったじゃない。「と、とりあえず中に入りましょう」「うん。あれ? 入口はそっちじゃないよ」 おや、良司さんがなにもない壁に手をかけている。ああなるほど。普通の人にはあそこがドアなのか。「良司さん、そこは壁です。たぶん、本当の入口はこっち」 私が指差し
※ベリーからのお知らせ。 今回はちょっぴり刺激が強い内容だよ。心臓が弱い人は気を付けてね。 ---------------- 第13話 見習い魔女と黒き妖精 迫り来る数多のウィル・オ・ウィスプ。奴らはカサカサという特有の音を立てながらもうすぐそこまで来ている。 シラーやベリーに助けを求めようにも姿が見えない。良司さんもだ。主のピンチに駆け付けない使い魔になんの意味があろうか。あいつら三人はクソだ、ごみ屑だ。 しかもベリーがいないから私の格好はパジャマ。防御力云々とかいうレベルじゃない。「あああ、ウィル・オ・ウィスプの弱点はなんだっけ。久々過ぎて思い出せない!」 ウィル・オ・ウィスプは幽霊系の中でもわりと厄介な方で、触れると凄く冷たい。焼けるような冷たさと言えばいいだろうか。とにかくこんな数に襲われたらショック死かよくて凍死。 床に散らばる木の破片や枯れ葉を投げ付けて威嚇をするも、それらを取り込こまれて炎を大きくするだけだった。 この揺らめく青白い炎のせいか、時折景色がざわざわ動いて見えるのも気味が悪い。「水、そうだ水をぶっかけて――」 いやいや、ただの火の玉じゃないんだから水をかけても無意味だって習ったじゃない。大学で消火実習をしたけど二十年以上前だし、そもそもウィル・オ・ウィスプなんて現代じゃ滅多に出くわさないから対処法なんか綺麗さっぱり忘れてしまった。「ダ、ダメ! 全然思い出せない!」 四方八方から揺らめき寄るウィル・オ・ウィスプ。ぶつかる、と思ったその瞬間、勇ましい声が響いた。「止めないかお前たち!」 白馬に乗った王子様を思い起こさせる声、または勇者が颯爽と現れたかのような安堵感、あるいは威厳ある魔王の命令……。 ピタッと止まったウィル・オ・ウィスプたちが、どこか残念そうな雰囲気で声のした方向へ飛んで行く。 ウィル・オ・ウィスプが去ると、室内がずいぶん薄暗いのだと改めて
さて、すったもんだあったが衣食住の衣と住は確保できた。 衣は元々ベリーが担当していたから新鮮味はないが、住となった良司さんの家はなかなかに居心地が良い。本当、使い魔様様である。 あとは同じく使い魔のシラーが食を担当してくれれば言うことなしなのだが、どうも困ったことにゴキブリ魔王がでしゃばってくる。「我は家事が得意なのだ。すべて任せるがよい」 などど言って、昼食を作ろうとキッチンに立とうとするのだ。 いくら見た目が長い触角を持ったイケメン魔王とはいえ元はゴキブリ。ばっちいの次元を遥かに越えている。例え何かの過ちで許したとしても、あっという間に正気に戻ってキッチン丸ごとP●ファイアーだ。「頼むから一切の家事に関わらないでくれ。むしろ必要な時は呼ぶから裏で好きにしててくれると嬉しい」 「それではせっかく白緑の側にいられるという幸運の意味がないではないか。それに我は早く封印を解いて欲しいのだ」 言い終わると同時に目を閉じてキス待ち顔になるゴキブリ。すると俺の左耳をシュンシュンシュンッと風切り音が通りすぎていった。「うぎゃーー!!」 シラーが改造ネイルガンを発射したようだ。顔を押えてのたうち回るゴキブリには悪いが、あの辺りは徹底洗浄の後、滅菌処理してもらおう。 あ、良司さんが救急箱を取りに走った。なんてこった。良司さんはゴキブリにも優しいのか。どうせすぐ元に戻るんだから放っておけば良いのに。やはりできる大人は違うんだな。『はぁ。これは素晴らしい武器ですね』 俺の肩から飛び降り追撃の構えをとったシラーがうっとりした声を出した。あんな恍惚とした顔、この三十六年間で一度たりとも見たことがない。「ほどほどにしとけよ。後で仕返しされたって知らないぞ」 「ケヒヒ」 「え?」 今、シラーから聞いたことのない笑い声が聞こえたような気がする。『うわぁここにきてシラーの本性が……』 「は?」 『あ、ううん。なんでもないよ。あ~! もうぼくお腹ペコペコだよ! ねぇお昼ご飯は良司が作ってよ~。でも夜に影響がない程度にしてね。久々のサバトなんだから』 ふわふわっと俺から離れ、救急箱片手に戻って来た良司さんにまとわりついたベリーは知っているらしい。俺の知らないシラーの本性を。 生人形の性格が可愛さに応じてクソになっていくのは俺もこの身をもって知っている。だ
泣きながら清掃作業を終わらせて、熱いお風呂に入ったら少しスッキリした。良司さんが出してくれた新品のふかふかしたスリッパも心を和やかにしてくれる。 しかし、カサリという音と「落ち着いたか?」というイケボと共にテーブルに置かれたハーブティーが心をざわめかせる。揺らめく湯気程度では辛い現実を隠しきれないようだ。再び鳩尾に不快感が戻ってきた。「どうして俺が吐いたか分かってるのか?」 「ああ、悲しいことだが我のせいであろう? 毎日湯に浸かって体も洗っているというのに、刷り込みとは恐ろしい。一種の洗脳だな」 おいおいおい。まさかさっきまで俺が入ってた風呂を使ってるんじゃないだろうな。ゴキブリと同じ湯船とか正気を保てる自信がないぞ。「だが、愛する白緑が言うなら我は家事から身を引こう。代わりに眷属たちを――」 「なんにも分かってねぇな!」 『そうだそうだ!』 見ろ。ハンガーに吊るされてエアコンの風に吹かれているベリーもご立腹だ。「いいか? 俺はお前が嫌なんじゃない。ゴキブリが嫌いなんだ。種族を汚物として捉えている」 「そ、それはあんまりだ。おお、神よ。何故ヒトはゴキブリを忌み嫌うのか」 蹲り泣き始めた魔王。くそっ、人間の姿でそんなことをされると多少なりとも罪悪感が沸いてしまう。それによく考えれば、俺は異世界人だ。この世界の人間の常識に合わせる必要はないのかもしれない。「えと、すまん。種族が汚物、は、少し言い過ぎた」 「み、白緑……」 顔を上げた魔王の瞳が潤々と輝いている。とても純粋そうだ……ふっ、俺が間違っていた。 なんの役に立ってるのかは知らないが、とりあえず今は同じ世界に住まう者同士。どうにか共生の道を模索しようじゃないか。きっと、いい考えが見つかるはずだ。「なぁゴキブリ魔王。お前、名前は何て言うんだ?」 「……我を名前で呼んでくれるというのか?」 「ああ。俺は竜胆白緑、いずれ真なる魔女になる男だ。仲直りしよう。立ってくれ」 俺を見上げる新たな仲間に手を差し出す。「我の名はジャック。ジャック・ウルム・ストークだ」 涙を拭い笑顔になったジャックが俺の手を取る――カサッ。『へへっ、じゃあもう隠れてなくてもいいよなっ』 おや? 新しい魔法を会得したのだろうか。ジャックの足元から現れた黒い物体。それから、はにかんだような
今や三つ巴……と言いたいけど、実際は同期の魔女と男性教諭連合VS校長と遅れてやって来たマル魔三人&目を覚ました生徒たち。 私は戦闘が始まった瞬間に食堂の調理場へ駆け込み、鉄壁の防御を誇る大型冷蔵庫の中に隠れて様子を伺っている。『たたたたたた大変だよ白緑!』 そこへ、ベリーが戻ってきた。 どうせベリーのことだから、大変とか言いながら私を置いてトンズラかますと思ってたのに、不思議なこともあるものね。 しかしその理由はすぐにわかった。『くるくる蓑虫が蛹になってるよ!!』『さ……蛹!!? なんで!?』『なんでもなにも春じゃん! 蛹になる季節じゃん!』 やいやい喚きながらも素敵な防寒具になってくれるベリーは打算的だ。外も食堂も危険ときて、結局この冷蔵庫が一番安全と考えたのだろう。私のご機嫌を損ねて追い出されるのを危惧しての防寒具、だ。『放置して逃げるって手もあるけど……』『駄目だよ! ここが使えなくなっちゃう!』 ことを収めたとしても、この食堂を使い続けるのは不可能でしょうに。『どっちにしても戦いが収まらなきゃどうしようもないわ』 今はどちらが優勢とも言い難い。 校長はマル魔と連携しながら乱子たちを攻撃しつつ、生徒に指示を出している。騒ぎに気付いた教職員や生徒も続々と駆け付けており、数では圧倒的。 対して同期たちは、主に乱子が二十体の杉村型ホムンクルスと共に校長を相手取り、他は男性教諭と二人一組で乱子の補助とマル魔の相手、それから生徒たちの無力化を担っている。 ジズのパートナーは堕としがいのありそうな堅物顔の図書教諭、銀花は雅な雰囲気の養護教諭で、ヤスエはショタ顔の家庭科教諭と組んでいる。 そしてティティとメグミは、それぞれ刺青だらけの美術教諭とヲタクっぽい音楽教諭……皆、同期たちのタイプに突き刺さる若いイケメンだ。 彼らは普通の学校ならメイン扱いされず、お気楽仕事と揶揄されかねない悲しき教諭ばかり。しかしここは退魔師の学校。すべてメインの戦闘教科であり、大学でド級の実戦訓練を積んできた猛者に違いない。 現に図書教諭は聖書や魔術書を何冊も周囲に浮かべて凄まじい攻撃を繰り出しているし、養護教諭はチート染みた回復術と絶対使っちゃいけない恐ろしい薬品の散布や、養護理念違反甚だしい医療道具による急所狙いを仕掛けている。 家庭科もヤバい。毒
あの短剣で燃やせば証拠は欠片も残らない。少し気が早いけれど、裏切り者の乱子共々校長を始末できて気分は上々。 あとはあの写真を出版社に売り付ければお小遣い稼ぎもできて、一石二鳥どころか三鳥だ。 少し癪に障るけど、あの童顔中年と私が変身していた被害者男子はよく似ていた。校長にイケナイ薬を盛られて襲われた挙げ句、オーバードーズで死にかけたところを”シスターの私”に救われた。良司さんの毒薬被害者も校長の仕業で……という筋書きよ。 今となっては私をシスターに仕立て上げた理由は不明だけど、せっかくだから利用させてもらおう。『いやぁ~白緑がぼくのために殺人だなんて、ちょっと感動しちゃったよ』『殺人? 馬鹿言っちゃいけないわ』 私はそんなことしない。あれは正当防衛よ。それもとことん優しい。 だって校長は私がありもしない罪を着せようとするもっと前から、私をバチカン送りにしようと企んでいたのよ。完全に消しにきていた。 マル魔にしてもそう。奴らはこれまで何人もの魔女を屠っているし、私の大切なベリーに拳銃を向けていた。それにほら、まだ誰も屠ってなさそうな新卒君は助けてあげたじゃない。 だいたい、私はあの短剣をきちんと暴発させたわけで――『え、帰らないの?』 言いながら生徒教職員が倒れている廊下を進み、南校舎に差し掛かったところでベリーが聞いてきた。ずっと怠そうに無視していたから、話題を変えたかったんだろう。『阿叢先輩がトンカツ奢ってくれるって言ってたのよ』『ええ~? この状況じゃ無理なんじゃない?』『食券が欲しいの。一ヶ月有効なんだから』 きっと来月にはこの学校も通常通りになっている。 少しは騒ぎになるでしょうが、所詮校長なんてすげ替え可能な消耗品。どうせ次もそれなりの実力者が選ばれるんだから、誰がなろうと大差ない。 それに理事会とかが全力で不祥事を揉み消すに決まっている。大事にならないのは確実。『食券を回収したら食材もいただくわよ。今夜は豪華な食事でベリーの慰労&乱子の破談お悔やみ会よ』 あの堅牢な冷蔵庫を抉じ開けるのなら大変だけど、幸い私は正規の開け方を知っている。食堂のおばちゃんを何度も観察していてピンときたのよ。『あ、それいいね!』『そうだわ。同期の皆も招待しなきゃ。きっと大泣きしながら集まるわ』 悲しみではなく爆笑で、だけど。 にし
校長は既に勝った気でいる。 人数のアドバンテージに加え、遥か格下の相手をしているという油断。加えて乱子が拘束魔法で私の動きを封じたのも要因だろう。 でも私は気付いたわ。やつらは勘違いをしている。 私に踏んづけられらて意識を失ったシラーは未だ夢の中。そもそもシラーに目眩を起こさせるような能力はない。 やったとすればベリー、もしくは―― 『白緑ぃ~! これ、これ!!』 ベリーが辛うじて動く袖の部分を繊維状にほぐし、こそっと中を見せてくる。 やっぱり! くるくる蓑虫だわ! すっかり忘れてたけど、私はあの頼りになる魔虫を召喚してたんだった。ああ、自分で自分を褒めてあげたい。グッジョブ私! 肩も足も痛いけど銃創がなんだ。くるくる蓑虫さえいればこっちのものよ。覚悟してなさい。『ベリー、私が合図したら全力で回転するよう、くるくる蓑虫に伝えて」『ええっ、全力!?』『死ぬよりましでしょ!』『そりゃそうだけど……どうなっても知らないよ』『かまわないわ!』 あとは少しでいいから時間を稼がなくちゃ。 てなわけで披露してあげようじゃない。何十年と種族や性別を偽り続けた私の演技力ってやつを。「全部乱子の手の平の上だったってわけね……」 観念したように天井を見上げ、それからゆっくり目を瞑り、ため息と共に肩を落としてみせる。「まさか親友に売られるなんて。何だかんだで乱子とは死ぬまで楽しくやってくもんだと思ってたわ」「あら、私もよ。じゃあこのまま死ねたら白緑も本望ね。だって私、今と~っても楽しいもの」 ハートが何百と飛んできそうな語尾ね。ふんっ、ほざいてればいいわ。目にもの見せてやるんだから。「これが親友の会話とは。やはり魔女は醜い」 校長の嫌悪が凄い。よくもまあ人をそこまで蔑んだ目で見られるものだ。そこらの魔女よりこいつの方が、よっぽど魔女の素質がある。 「同感ね。生まれ変わったあと、この学校に入れば多少ましになるかしら」 ま、私は聖職者の半分は偏見を理由に魔女を志さなかっただけで、ベクトルは違えど中身の腐れっぷりは同じだと思ってる。阿叢なんかがいい例だ。 むしろ、きちんと悪事を働いている自覚のある私のような魔女の方が何億倍も誠実だわ。「残念だけどそれは無理よぉ。天使校長の聖剣で貫かれた魔女はぁ、魂が裏山の花畑にある御神木に封印されちゃうん
聖剣は私に当たらなかった。 突如、校長が片膝を付いたからだ。まるで貧血でも起こしたかのように大外れ。その結果、私の左にあった高そうなソファが真っ二つになった。「大丈夫ですか!?」 マル魔の一人、パリコレモデルのような碧眼の男が校長に駆け寄った。さっき私の肩を撃ち抜いたクソッタレだ。「貴様、何をした!」 間髪入れずもう一人、どこぞの王室近衛兵のような雰囲気の美丈夫が威嚇してくる。さっき私の足を撃ち抜いたクソ野郎だ。「何もしてないわ」 なんでもかんでも魔女のせいにしないで。どうせ老人性の貧血でしょ――ほら見なさい。目眩が、って校長も言ってるじゃない。お陰で助かったけど。 校長はパリコレモデルに肩を借りて立ち上がったけど、また直ぐにガクッとなった。「嘘をつくな!」 それを見た近衛兵がまた叫ぶ。同時にカリャリ、と引き金を引く音がした。「だから知らないわよ!」 ていうかちょっと黙ってて。あんたたちも無視できないけど、今はもっと重要なことが――「ローブのポケットを調べたらどうかしらぁ」 そう、乱子よ。さっき校長は言っていた。夜鶯胤家とは話が終わっている、と。 ”私”の姿で倒れていたくせにいつ戻ったのか、本来の姿で胸をゆさゆさ歩いてくる乱子。「んもう、天使(あまつか)校長ったらお口が軽いんだからぁ」 真っ二つになったソファを魔法で消し炭にし、もう一つのソファに校長を座らせた乱子が、私を見下ろしながらその隣に腰掛ける。 そのまま妖艶な仕草で組む足の動きは、かなり強い誘惑魔法だ。残念ね。銃創が痛すぎてちっとも効きゃしないわ。 乱子の登場でマル魔たちの表情がもう一段階険しくなった 。「あの竜胆家の者を浄化できると思うとつい、な。悪かった」「まあ白緑には招待状を送ってないからいいんだけどぉ」 校長の首に腕を絡ませながらこちらを見る乱子は物凄く得意気だ。まさか校長は籠絡済みなのか? 「ポケットにペンギン型の財布がありました!」 ずっとベリーに銃を向けていたマル魔二人のうち、新卒らしき坊主の方がシラーを校長に渡す。「ああん、やっぱりぃ。白緑の使い魔なのよこれぇ。きっと天使校長の目眩はこの子の仕業よぉ」 しかしあれね。乱子が喋る度にマル魔たちがイライラしてるわ。わからないでもないけど、出会して数秒でそうなら、五分だってもたないんじゃないかし
私と乱子はそれぞれ”被害者の男子高校生”と”巨乳の私”に変身し、校長室のある東校舎の五階へやって来た。 昼休み真っ只中で生徒が溢れていた四階までと同様、ここにも妖力吸収機能付き監視カメラの他、妖力封じの罠や霊力の宿る聖句等が無数に設置されている。 しかしそのどれもが、数ヶ月通い続けた乱子によって”私”には反応しないよう改造されていた。北校舎を歩いているときにチラリと漏らしていたが、どうやら乱子も校長を疎んでいるっぽい。 そういう訳もあって乱子に”私”の姿を許したのだが、シスターとして頻繁に来校している”私”が、被害者を救済したと皆に見せ付けた方が効果的じゃない? と提案されたのも大きい。 とはいえ、さすがにすれ違うほぼすべての生徒に挨拶され、竜胆さんと呼ばれる乱子を見るのは背筋が冷たくなった。 おまけにボクサータイプのメンズパンツにレディースのジャケットというちぐはぐな格好の、一目で何かあったであろうとわかる”俺”には、弾けるような笑顔で「こんにちは」とか「学食以外で初めて会ったね」などと言うのだ。 あえて気遣う素振りを見せない気配りとでもいうのだろうか。性的に陵辱された者が救済される様子は、聖職者の卵には見慣れた光景らしい。嫌な学校だ。「思った以上にヤバいわねここ」「古今東西、未熟な聖職者が慰みものにされるのはよくある話よぉ。勿論その逆も」 哀れむように言う乱子だが、そういう原因を作ってるのは、たいていこいつみたいな性に奔放な魔女や色魔などの怪物である。 それにヤバいと言ったのは罠とかについてであって……は?「なんで私にはかけてくれないのよ」 乱子は自分にだけ強力な防御魔法をかけていた。霊力の影響を緩和する魔法もだ。「え~? だって頼まれてないものぉ」 一人だけ安全にこと進めようとはなんたることか。だいたい、まだ乱子の目的をちゃんと聞いてない。いったいあそこまで”私”を身バレさせて何をしようってんだ。 とはいえ、今問い詰めたとしても口は割らないだろう。燐粉と交換でなくては。乱子は――いや魔女とはそういうものだ。「あ、そうよね。五人も友達ができた乱子にはもう、昔からの親友なんかに優しくする理由がないわよね」 せめて嫌味でもとツンツンしたことを言ったら、逆に喜ばれた。「はぁ……もういいわ」 最悪、記憶に関しては姉かジズを頼ればい
くっ、凄まじい魅了魔法。魅了耐性の高い私をくらくらさせるなんて、さすが乱子。でも大丈夫。こうやって自分の顔を殴れば――ほら、なんてことない。「わ、私に魅了なんて効かないわ……」「んもうっ、野蛮なんだからぁ。鼻血出てるわよぉ」 乱子が呆れた様子でハンカチを差し出してくる。やたらと良い香りで誤魔化してるけど、微かにラミアンベラドンナの香りが……息を止めて拭う振りをしておこう。 ていうかよく考えたら危険だったかもしれない。シラーもベリーもいないんだった。魔力の尽きかけた生身の私だけで、どれだけ乱子とやりあえるかは未知数だもの。「じ、実物は実家にあるの。でも事情があって今帰れないから――」「やだぁ、もしかして今さら一人立ちの修行してるのぉ?」 ぐっ、すっごい馬鹿にされてる。そりゃあ私だってこの歳でと思うけど、仕方ないじゃない。「聞いて乱子。私、訳あってこの学校を救わなくちゃいけないの。でも校長が邪魔で……討伐を手伝ってくれたら燐粉をあげるわ」「ちょっと待ってぇ。私の目的を話せばいいんじゃなかったかしらぁ? 急に条件をすり替えられたからびっくりしちゃったじゃなぁい」 チッ、引っ掛からなかったか。 にしても全然攻撃の手を緩めないわねこの女。今の胸の揺らし方は間違いなく誘惑魔法。乱子の胸なんか一ミリも興味ないけど、頬の痛みが引いていたら飛び付いていたかもしれない。やはりハンカチは使わなくて正解だった。 う~む、こうまでして私を駒にしたがる理由……この学校には財宝でも隠されてるのかしら。それならそれで一枚噛みたいけど、先ずは私のミスをどうにかせねば。 乱子が来るなんて予想もしてなかったから、SNSでありもしない”校長の悪事”を拡散してしまった。あの拡散スピードでは、もはや無かったことにするのは不可能。大炎上と損害賠償請求待ったなしだ。 阿叢は社会のお勉強代として払えばいいけど、私の場合、肩代わりする良司さんが可哀想だ。何としても校長を破滅、それか阿叢を単独犯に仕立て上げなくてはならない。「ヤタガラスアゲハの妖精よ? ちょっとお手伝いするくらいバチは当たらないでしょ」「そうだけどぉ……」「このチャンスを逃したら次はいつ入手できるかしらね?」 全然知らないものだし、それという確証もないけど今を乗り切れればいい。実家に帰れさえすれば母の素材庫から代
いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。 速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。 まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢の顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。 あああ警察だなんて急展開すぎる。 こうなったからには嘘を真にする他ない。悪いが校長には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も校長の犯行にしてしまえ。 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と怒りが感謝へ変わっていく。 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。乳首にもピアスホールを開けて、如何わしいタトゥーをもう一つ腰に浮かべる。 校長の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少し攻めるか? あそこを変型させるように変身して、器具の部分だけ色を変えたら、あっという間に貞操帯の出来上がり。 それから俺のスマホ――はベリーが持って行ったから、阿叢に証拠だと写真を撮らせてSNSにアップさせる。おお、みるみる拡散されていくじゃないか。 怖いなぁSNSって笑 よし、これで準備万端だ。 さあ来い警察、俺の演技力で見事校長に濡れ衣を着せてやろうじゃないか。と意気込んだのはいいものの――「ここです! 竜胆さん!」 ――ん? 聞き間違いか? 今、阿叢が竜胆さんて言わなかったか? ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったときに、
てっきり学食へ行くのかと思ったら、阿叢はてんで別の方向へ進んで行く。「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」 「黙ってついて来い!」 「は、はぁ……」 どうしたんだろう。まさかその歳で、学校でウンコしてたのがばれて恥ずかしい、とかじゃないよな。『違うよ、さっき白緑がえへへなんて言ったからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼の四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。 何て言い返そうか考えていたら阿叢が止まりこっちを向いた。ここは……北校舎裏のギロチン置場か。「お前、上反りフランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだけど。 困惑していると阿叢の睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。「上反り? いや、俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」 「だからそれは上反りフランクじゃないか!」 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。「お前も校長みたいに俺を脅して無理矢理――」 ええっ!? ま、まさかそういう……だから上反りとかフランクに敏感なのか? 嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような校長が生徒に……はっ!?「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」 信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。『え、なんで? 白緑なにしたの?』 『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢は槍投げの選手だからな。去年インターハイで優勝したとも言ってた。「優しくしてやったのに最低だなお前」 ほら見ろ。殺意たっぷりの霊槍を作りやがった。しかも切っ先を
目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。 その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き